かっこつけると“ダサい”…「かっこつけないかっこよさ」とは?

もっとかっこよくなりたいと、誰もが思う時があると思う。

僕も例外じゃない。

中学生の時にはワックスで満足できず、
「もっとかっこよくなる方法は無いのか?」と考えては安い服屋のジャケットコーナーに行って
安っちいけどちょっと大人っぽく見えるジャケットを買った事をよく覚えている。

『今年の流行音楽はこれ!』

『今時のおしゃれな服!』

『女子がかっこいいと思うしぐさランキング!』と言ったような、本や雑誌を読み漁った時もあった。

あれから数年が経ち、少し大人になった僕もかっこつけ方が多少は分かった気がする。

今回は、僕が分析した

『「“ださい”かっこつけ」と「“かっこいい”かっこつけ」』を考えていきたい。

この話は、かっこよくなりたい人はもちろん、
特に「かっこつけ」たがりな

「学生」や「若手のサラリーマン」の方に読んで貰えればと思う。

それでは、さっそく進めて行こう。

まず、「かっこいい」とは?

まず、「イケメン」てきな「かっこいいい」と、当ブログが言いたい「かっこいい」が
混同されそうだからここで区別しておきたい。

イケメンてきな「かっこいい」

よく「イケメンは得をする」と言われるが、
たしかに周囲にいるイケメンたちは、女性からもモテモテで得をしていそうだ。
ではイケメンが「絶対に得していること」には、どんなものがあるのだろうか。

■モテモテで人生バラ色
■学校・会社で基本的に誰からでもウケがいい
■イケメンの笑顔は誰にでも最強
■多少性格に難ありでも許される

性格が悪い、話が面白くない、女性に対して上から目線、それでもイケメンはカッコいいと許されてしまう。
イケメンの笑顔は、学校の先生からも評判が良い
あんまりイケメンが怒られるところは見たことがない…

なんて、ことがあったりなかったり。(笑)

「イケメン」てきな「かっこいい」はシンプルに『顔のかっこよさ』
または、顔のかっこよさから生まれる余裕から生まれる『優しさ』や、『笑顔』だ。

他にも

■頼りがいがある
■ときにはバカになれる
■清潔感がある

などが挙げられるが、基本的にこういったものの全ては
そこそこの顔を持ち、心に余裕があるからできる能力・技術ではないだろうか

「イケメン」てきな「かっこいい」は
「顔」や「精神的な余裕」は先天的なものであり、
家庭環境も大きく影響するため、覆せない要素が多くある。

当ブログで提唱する「かっこいい」

では、当ブログが提唱する「かっこいい」とは、

■自分のありたい姿に向かって努力しているやつ
■自己肯定感がほどよく高く、良い意味で周りに自信を伝播するやつ
■失敗を「自分ごと」と捉えられ、人に当たることがない

そして、そんな「かっこいい」やつが「絶対に得していること」には

■男女から信頼が寄せられる
■多少失敗しても周りがサポートしてくれる(≠許してくれる)
■結果的にモテる

“ダサい”かっこつけ

では、本題に入ろう。
今回は「イケメンてきなかっこよさ」ではなく、「当ブログで提唱するかっこよさ」について話したい。

イケメンではない人がかっこよくなるにはどうすればいいか。

かっこいいやつになりたいから、ただかっこつければいいか?

いや、それは100%間違いだ。

だいたいの「かっこつけ」はダサく終わってしまう。
なぜなら

自分が“ださい”ことを認識していない

なぜか

それは自分が「かっこよくない」ことを忘れているからだ。

そう、あなたは「かっこよくない」

勘違いしてはいけない。
あなたは「かっこよくない」のだ。

「かっこよくない」やつが「かっこいい」やつと同じやり方で「かっこよく」なろうとするから話はこじれる。

さっきも言ったが
「かっこいい」やつは「自分のありたい姿」に向かって努力しているやつ
だ。

まず、「自分はださい」「自分はかっこよくない」と深く、しっかり、認識しよう。

かっこつけ方が“ださい”

「“ださい”かっこつけ」はかっこつけ方が“ださい”

どういうことかと言うと、「ださいかっこつけ」は「What目線でのかっこつけ」だから“ださい”。

もう少し噛み砕いて言うと、「ださいかっこつけ」は「軽い」。
ふわふわとした考えで、なんとなく「これをやったらかっこいいらしい」と思ってやっていることが多い。

「What目線」のかっこつけとは?

自分のありたい姿を「What目線」で見ると、「サッカー選手」であったり「美容師」かもしれない

「How目線」のかっこつけとは?

では、How目線で自分のありたい姿を考えてみるとどうだろう?

「だれかを興奮させる」人であったり、「だれかを美しくする」人、になるのではないだろうか。

さらに、Why目線で自分にありたい姿をみるとどうだろう?
その「かっこつけ」は多様で、抽象度が高いものになるだろう。

「子供が興奮するところを見せたいから」
「生きた証をだれかの記憶に刻みたいから」

「“ださい”かっこつけ」はWhat目線なのだ。

「かっこよくなりたい」から「サッカー選手」になる。

これが“ださい”のだ。

だんだんわかってきてくれたら嬉しい

「サッカー選手」は手段であって、目的ではない。

きっと「自分のありたい姿」をもっとしっかり考えれば
why目線の「自分のありたい姿」が浮かび上がってくるはずだ。

“かっこいい”かっこつけ

それでは、“かっこいい”かっこつけはなんだろう?

自分が「かっこよくない」ことをよく理解している

“ださい”かっこつけの逆だ。
自分がかっこよくない、

自分は自分の理想とする「ありたい姿」から遠くはなれている、
そういったことをちゃんと理解している。

要はちゃんと自分の立ち位置を客観的に見ることができているということだ。

かっこつける目的がわかっている

“ださい”かっこつけをする人が「何になるか」「どんな職業になるか」

といったことにばかり目を向けるのに対して

“かっこいい”かっこつけをする人は「なぜかっこつけるのか」「どんな人間になるのか」

というWhy目線での「自分のありたい姿」に向かって努力するのだ。

Why目線で自分にありたい姿を考えると、“ださい”かっこつけとの差は歴然。

「子供が興奮するところを見せたいから」→「サッカー選手」という「職業」を利用する
「生きた証を一瞬でもだれかの記憶に刻みたいから」→「美容師」という「職業」を利用する

「何になるのか」のさらに奥まで見据えているのが
「“かっこいい”かっこつけ」とも言えるだろう。

「かっこいい」人が高級時計、高級ジャケットを身に纏っているからといって同じ土俵に立ってはいけない。

だから、「“かっこいい”かっこつけ」がしたいならまず、

自分が「かっこいい」と思う「秤(=ありたい姿)」をしっかり持つべきだと僕は思う。

自分にとってなにが「かっこいい」のか。それはなぜ「かっこいい」のか。

僕らはヒップホップっぽい服装もスーツもユニクロパジャマも全てをかっこよく着こなせる「かっこいい」やつじゃない。

自分なりの「かっこいい(=ありたい姿)」を理解した上で、
自分らしく「かっこつける(=ありたい姿に向かって努力する)」土俵を決めよう。

かっこつけてもよくない?

そういうわけで、「かっこつけ」=ダメではない。

世の中に安易でださいかっこつけをしている人が多すぎるから「かっこつけ」はださいと思われてしまう。

できれば“ださい”かっこつけはしてほしくない。

「“ださい”かっこつけ」と「“かっこいい”かっこつけ」があることを理解してほしい。

“かっこいい”かっこつけをすれば、「ありたい姿」に一歩近づくことができる。

僕は本気でそう思っている。

かっこつけると“ダサい”…「かっこつけないかっこよさ」とは?

「かっこつけないかっこよさ」とは
本気で自分のありたい姿に向かって努力しているやつは“かっこつけ”ている感覚がない。
周りの一部からは「なんであいつあんな頑張ってるの?」と嘲笑的に見られることもあるが、その姿は間違いなくかっこいい。
なにもせずダラダラ時間を過ごしているやつなんかより、日々なにかに向かって挑戦しているあなたのほうが数千倍かっこいい。

自分の“ありたい姿”がキャバ嬢でも、ホストでも、かっこ悪くない。
歌舞伎町No.1ホストを目指し日々努力するあなたは間違いなくかっこいい。
「ホストなんて」と笑っているやつはまさしく「What目線」でしか物事を見れない“ダサい”やつだ。
ホストだとか、キャバ嬢だとか、職場が人のかっこよさを決めるんじゃない。
心の奥に秘められた個々人の「想い」や「目標」、「ありたい姿」こそ、
それに対して必至に努力することこそ、そういうことこそが、かっこよさを決める

かっこいいかっこつけをしよう

ちょうどこの間就活をしていたので、自分が好きなことは何か?を考えたら
「かっこつけること」が挙がった。(まだまだ“ださい”かっこつけ、だが。)

これ、実は世の男子みんなが思っていることではないだろうか。

でも、一方で「かっこつけたい」ためにブランド時計やかっこいいスーツを着ているのに、「かっこつけたい」と口に出したら叩かれる。

そこに疑問を感じた。

「かっこつけ」たいなら、もっと「かっこつけ」ていいんじゃないか

女子が自分の理想の顔に向けてメイクをするように、
男子も自分の理想の人間に向けてかっこつけてもいいんじゃないか。

「かっこつけ」=だめ

ではなく、

もっと「“かっこいい”かっこつけ」をみんながやれたらいいんじゃないだろうか。

まとめ

そんな「かっこつけ論」ことを考えていたら、
かっこつけ男子の背中を押してあげられる存在になれたら思った。

「かっこつけ」たっていいじゃん?
「かっこつけ」て、何がだめなの?

むしろ、なんで「かっこつけてないの?」

少し周りの目が気になっても、自分のありたい姿に向かって努力しよう

自分にありたい姿に一歩近づく努力をしたっていいではないだろうか。

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